私も「どうにもならない」【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0085】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】どうにもならない/ルシア・ベルリン ○
今回も、アルコール依存症の物語。前回より、ひどい状況のようだ。小説のページ数も、5ページととても短く、当然、状態の改善は見られない。最後には、朝からお酒を買いに行ってしまう。子どもからも諭されているのに。全く救いがないこともあり、作者はどうしてこの短編を書こうと思ったのだろう?

【詩・俳句・短歌・歌詞】雪/三好達治 ○
学生のとき、仙台に住んでいたので、冬になるとそこそこ雪に降られた。バイクにも乗れなくなるし、利便性の面では困ったが、雪が降っているときは、特別な時間であったなと思う。夜だと、本当にシンとしていた。わずか2行のとても短い詩だったけれど、そうした厳粛な気持ちになれた。

【論考】イメージについて/森本哲郎 △
哲学者、大森荘蔵さんの特別講義を聞く機会があって、映像(イメージ)は記憶できない、記憶は言葉であると説明された。それが正しいとすると、この論考は、間違いだらけになってしまうだろう。内言と外言という観点は、重要だと思う。コロナ禍で、少なくとも私の中で言語が消失してしまったように感じる。


スタインベック【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#058】


【2月27日】スタインベック:1902.2.27~1968.12.20

壁を作り、家を建て、ダムを建設し、そしてその壁、家、ダムのなかに、そこばくの人間自身をそそぎこむこと、そして人間自身に、壁、家、ダムの力をそこばくでも取りいれること、その建設からたくましい筋肉を得、その構想から明瞭な線と形を獲得すること。なぜなら、人間は、この宇宙における、有機物、無機物を問わず、ほかのどんなものとも違って、自分の創り出すものを越えて成長し、自分の考えの階段を踏みのぼり、自分のなしとげたもののかなたに立ちあらわれるものだからだ。

『怒りのぶどう』(上)大橋健三郎訳、岩波文庫、1961年

【アタクシ的メモ】
「人間は、自分の成し遂げたものの彼方に立ち現れる」という通り、人間を非常に肯定的にとらえている。私も、自分が創り出すものを越えて、成長できるようになりたい。


たった3つの単語で彼女はクビに【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0084】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】いいと悪い/ルシア・ベルリン ○
1950年代のアメリカが舞台の小説。その時の世の中の情勢や雰囲気を知らないこともあり、あまりきちんと読めた気がしない。当時のアメリカで、共産党員はどんな立場にあり、見られ方をしていたのか。「貧民街」が出てくるが、実際にどんな感じだったのが。そうしたことが想像でもできれば、もっと物語を味わえたと思う。

【詩・俳句・短歌・歌詞】初節句/大木実 ○
ジェンダーレスな現在に読むと、ちょっと男尊女卑的な古めかしい詩にも思えるが、父親が同姓の子どもを素直に愛しているととらえたい。男の方が、あるいは女の方が、よい、エライということはなく、同性の我が子には、自然と親しみを感じみやすいのではないか。

【論考】異文化について/森本哲郎 ○
親が転勤族で、日本国内とはいえ引っ越すたびに、微妙に、時に大きな違いに出くわして苦労したことを思い出した。異文化に触れることで、改めて自分自身を知るのは、論考に書かれた通りだと思う。ただ、結論が「ルイス・フロイスの『日欧文化比較』を読みましょう」みたいになったのは残念だった。


ユゴー【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#057】


【2月26日】ユゴー:1802.2.26~1885.5.22

人間の歴史は下水溝渠の歴史に反映している。死体投棄の溝渠はローマの歴史を語っていた。パリ―の下水道は古い恐るべきものだった。それは墳墓でもあり、避難所でもあった。罪悪、知力、社会の講義、信仰の自由、思想、窃盗、人間の法律が追跡するまた追跡したすべのものは、その穴の名に身を隠していた。十四世紀の木槌暴徒、十五世紀の外套盗賊、十六世紀のユーグノー派、十七世紀のモラン幻覚派、十八世紀の火傷強盗、などは皆そこに身を隠していた。百年前には、夜中短剣がそこから現れてきて人を刺し、また掏摸は身が危うくなるとそこに潜み込んだ。森に洞穴のあるごとく、パリ―には下水道があった。

『レ・ミゼラブル』四、豊島与志雄訳、岩波文庫、1987年

【アタクシ的メモ】
下水道が多くの人たちにとって、逃げ場になっていたのだろうか。これを読むだけではわからない。


「自同律の不快」【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0083】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】今を楽しめ/ルシア・ベルリン ◎
今回も、コインランドリーをめぐる物語。「わたし」は、間違って他の人の洗濯機を回してしまう。そうしたことをきっかけに、やや殺伐としたやり取りが発生する。誰もが望むような、幸福な会話が生まれないのは、仕方のないことなのだろう。印象に残るフレーズがいくつかあった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】帰郷/谷川後太郎 ○
帰郷というタイトルだが、人が生きて死ぬことを詠う詩のようだ。ただ、比喩的な表現が多く、自分には詩全体を理解できなかった。合唱曲にもなっているようで、人が生きることのすばらしさを語っていると解釈する人が多いみたいだ。くり返しになるが、自分にはそう思えなかった。

【論考】論理について/森本哲郎 ○
「AハAデアル」という同一律について述べている。筆者は、「私は私である」という自同律が“自分への旅”の出発点だという。これ自体、間違っているわけではないと思う一方で、埴谷雄高さんの「自同律の不快」を思い出した。「私は私である」と言ったときの不確かさも、やはり感じるからだ。


蓮如【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#056】


【2月25日】蓮如:1415.2.25~1499.3.25

一生すぎやすし。いまにいたりて、たれか百年の形体をたもつべきや。我やさき、人やさき、けふともしらず、あすとしらず、おくれさきだつ人は、もとのしづく、すゑの露よりもしげしといへり。されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとぢ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李のよそほひをうしなひぬるときは六親眷属あつまりて、なげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。

『蓮如文集』笠原一男校注、岩波文庫、1985年

【アタクシ的メモ】
「一生はすぎやすい」というように、人の無常を語っているよう。いつ何時、命を失うかもしれないのは、その通りだと思うが、その先の「だから~」が知りたかった。少し調べてみたら、「阿弥陀仏と念仏を唱えろ」となるようだ。


痛みはぜんぶ本当【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0082】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】ファントム・ペイン/ルシア・ベルリン ○
題名のファントム・ペインは、幻肢痛のこと、切断した四肢などの感覚や痛みを感じることを指すようだ。この短編は、ボケてしまった父親と娘の物語(あのモイニハン家の話のようだ)。時系列の記述でないこともあり、理解しづらい部分も多かった。ただ、「痛みはぜんぶ本当」ということが言いたかったのだろう。

【詩・俳句・短歌・歌詞】春の問題/辻征夫 △
この詩で言いたいことを理解できなかった。春に際して悠久の時を想い、原始時代までさかのぼる視線は素晴しいと感じるものの、そこに「問題」があるとは思えなかったし、春だけ取り上げる意図も分からなかった。「きみ=ぼく」という記述も、唐突に響いた。

【論考】自適について/森本哲郎 △
自適とは、のびのでした気持ちで楽しみながら暮らすこと。この論考では、あまり働きすぎにならず、中庸を重んじることで、「人生の最もすばらしいもの」が手に入るという。それは間違いではないだろうが、最もすばらしいものと言ってしまうと、それの手に入れ方は、人それぞになってしまわないだろうか。


三木清【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#055】


【2月24日】三木清:1897.1.5~1945.9.26

人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は運命を称している。もし一切が必然であるなら運命というものは考えられないであろう。だがもし一切が偶然であるなら運命というものはまた考えられないであろう。偶然のものが必然の、必然のものが偶然の意味をもっている故に、人生は運命なのである。(「希望について」)

『三木清全集』1、岩波書店、1966年

【アタクシ的メモ】
上記をまとめると、「人生は偶然であり、必然である。それを運命と呼ぶから、人生は運命である」ということだと思うが、この後段は、「人生は偶然であり、必然であるからこそ、人は希望を持って生きられる」と続くようだ。秀逸。


誰も“同じ川”には入れない【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0081】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】最初のデトックス/ルシア・ベルリン ◎
「わたしの騎手」ほどではないが、これも短い物語。アルコール中毒になってしまった女性が、車で事故を起こしてしまった話だ。一週間ほど入院をして、退院するのだが、その先に薄い光が見えつつも、タイトルの「最初」という言葉からも、やや不安のある暗い将来も感じられる内容だった。そうした、未来を見通せない感じがよかった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】生きる/谷川俊太郎 ◎
生きるとは、小さな営みをくり返すということ、とても多様で、正解があるわけではないこと、ときに大きなことを成し遂げ、高い視座を獲得できること、一方で人はいつでも俯瞰できることを、流れるように語ってくれたと思う。また、谷川さんの詩には人の熱というか、暖かい視線をいつも感じる。

【論考】万物流転について/森本哲郎 ○
ヘラクレイトスが「ある」という見方を「なる」という見へ変えたという点については、同意するし、存在だけでなく生成について問うたことは、とても重要な視点だと思う。ただ、この論考では、ヘラクレイトスの紹介が中心で、万物流転に関する言及が少なく、そこが物足りなかった。


ヤスパース【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#054】


【2月23日】ヤスパース:1883.2.23~1969.2.26

状況の中に捲き込まれて私自身に目醒めつつ、私は存在への問いを発する。状況の中にある私自身を漠とした可能性として見いだしつつ、私は、私自身を本来的に発見するため、存在を探求しなければならない。しかも存在そのものを見いだそうとするこの試みの挫折の中でのみ、私は哲学するようになるのである。(「私たちの状況から哲学することの開始」)

『哲学 I 哲学的世界定位』武藤光朗訳、創文社、1997年

【アタクシ的メモ】
非情に入り組んだ記述。簡単にまとめると、私自身に目醒め、存在を探求し、そして挫折することにより、私は哲学するようになる、ということか。