ふと思うことありて蟻ひき返す【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0190】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】どこであれそれが見つかりそな場所で/村上春樹 ○
唐突に高層マンションの階段で姿を消した「夫」。その男性を探すために階段に通い、様々な人と話をする「私」。夫はなぜか仙台で見つかる。私の捜査は何の意味があったのか、私には理解できなかった。文章も村上さんらしい感じで、奇譚というよりも、いつものヤツという感じ。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ふと思うことありて/橋間石 大岡信  ◎
「ふと思うことありて/蟻ひき返す」。これも、蟻の動ぎを端的に描写しただけであるが、不思議なほどグッとくる。解説する大岡さんは、「思っているのは確かだろう」と述べている。私は蟻が「思う」ことの発見が、強い印象を与えるのではないかと感じた。

【論考】科学技術と私たち/池田晶子 ○
デジタル化が進み、私たちは科学技術が所与のものように考え、一方で科学以外のものは見えなく、無価値のように扱ってはいないだろうか。筆者が「花の美しさは、人間が作ったものではない」と言うように、数値化や計測できない価値や意味を認め、そこにも着目する必要があると感じた。


ハーバート・リード【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#164】


【6月12日】ハーバート・リード:1893.12.4~1968.6.12

私が示す例は、偉大な日本の画家葛飾北斎(1760-1849)の色彩版画(「富嶽三十六景、神奈川沖浪裏」)である。……鑑賞者が普通のイギリス人であると考えよう。慣れた観察者が注意深く衝立ついたての陰にかくれていたとすれば、この絵を見る人が眼をみはり、息をころし、おそらくは声を上げるのに気づくであろう。彼はそこに三十秒なり五分なり立ちつくしてから立去り、文句なしに受けた歓びについて、その後法外な最大級の形容詞をつらねた手紙を書くことだろう。

『芸術の意味』滝口修造訳、みすず書房、1958年

【アタクシ的メモ】
確かに「神奈川沖浪裏」(https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/246760)はヨイ作品だとは思うものの、この引用は、ハーバード・リードがその評価をしているだけなので、あまり「英知のことば」に感じない。


地虫が鳴き始めていた【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0189】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】ハナレイ・ベイ/村上春樹 ○
若くしてサメに命を奪われたサーファーの母親の物語。事故があった場所に10年以上通うものの、母親には息子の姿は見えず、サーフインをしに来た別の若者たちには見えたという。なぜ息子は、母の前に立とうとしないのか。その謎は解かれぬままで終わる。この小説は、映画にもなっているようだ。

【詩・俳句・短歌・歌詞】地虫出て/上野章子 大岡信 ○
「地虫」というと、中上健次の『岬』を思い出してしまう。かの小説は「地虫が鳴き始めていた」で始まる。この五七五の地虫は、目の前に出てきて、土につまずいただけのようだ。大岡信さんは、語り口を天真関漫と評している。正直、大した描写ではないが、素直に語ることで趣きが感じられるから不思議である。

【論考】「コンビニエントな人生」を哲学する/池田晶子 ○
「足るを知る」。一言で言えば、そういうことだ。便利を求めすぎると、自己の功利ばかりが目的になってゆき、なぜ人は生きるのか、人生とは何かを考えなくなってしまうだろう。生活の利便性が、生きる目的になってしまいかねないからだ。足るを知り、あるがままを受け入れることが肝要なのだ。


ミシュレ【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#163】


【6月11日】ミシュレ:1798.8.21~1874.2.9

特定の時代には、あれは魔女だというこの言葉が発せられただけで、増悪のため、その増悪の対象になった者は誰彼なしに殺されてしまったことに注意していただきたい。女たちの嫉妬、男たちの貧欲、これらがじつにうってつけの武器を手に入れるわけだ。どこそこの女が金持だって?……魔女だ。——女がきれいだって?……魔女だ。

『魔女』(上)、篠田浩一郎訳、岩波文庫、1983年

【アタクシ的メモ】
魔女という言葉を使って、気に食わない女性を殺してしまっていた時代があったようだ。今だと、SNS(ソーシャルネットワークサービス)を使って、執拗に特定個人を攻撃して、自死に至らせるようなことが近いのかもしれない。大衆の悪意。


人生とは何であるか【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0188】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】偶然の旅人/村上春樹 ○
物語が始まる前に、作者が登場する異例の小説。まえがきで、よかったのではないか。ストーリー自体は、いくつかの偶然や珍しい事象によって、調律師が過去に断絶していた姉と関係を変化させる。そんなこと起きるのかなと思いつつ、納得感があり、ちゃんと読み終った感もあった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】いのち けやきだいさく/工藤直子 ○
生きるのに、ヨイもワルイもないと感じている。よく生きようとするか、しないかの違いではないだろうか。今回の主役は、どうやらけやきの木のようだ。ことりたちが、きっと数多く集い、生きる助けになっているようだ。そのことりたちのために、けやきは生きているののだったら、よく生きているに違いない。

【論考】問いの構造/池田晶子
「人が何かを考えるということをするのは、それが何であるのかを知りたい、どうなっているのかを知りたい『ただ』知りたい」のだと、筆者は述べる。そして、「人生とは何であるか」という問いに帰着するという。この構造は、自分が哲学に興味を持ったことと似ていると思う。ただ逆から言えば、人生とは何であるかの答えに近づくには、自らの頭で考えるしかないのである。


源信【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#162】


【6月10日】源信:942~1017.6.10

獄卒、罪人を執とらへて熱鉄の地に臥ふせ、熱鉄の縄を以て縦横に身に絣き、熱鉄の斧を以て縄に随ひて切り割く。或は鋸をもって解け、或は刀を以て屠り、百千段と作して処々に散らし在おく。また、熱鉄の縄を懸けて、交へ横たへること無数、罪人を駈りてその中に入らしむるに、悪風暴に吹いて、その身に交へ絡まり、肉を焼き、骨を焦して、楚毒極りなし。(「黒縄地獄」)

『往生要集』(上)、石田瑞麿訳注、岩波文庫、1992年

【アタクシ的メモ】
これも古文で、内容が正確に読み取れていないが、どうやら殺生、盗みをすると落ちる黒縄地獄の様子を書いているようだ。


私たらは啓示を待つべきなのか?【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0187】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】情緒不定定の五つの徴候/リディア・デイヴィス ○
車の料金所で、どの硬貨を出すべきか迷い、どうしても決められないくらい、生きるのに戸惑っている主人公。その戸惑いを解消するためにも、彼女は啓示を待っている。自分が意志するだけで、世界が変わっていくほど単純ではないだろうが、誰かに指し示されるのを期待していても、それはかなわないんじゃないかと思う。ある意味、自意識が暴走していると感じた。

【詩・俳句・短歌・歌詞】「し」をかくひ かぜみつる/工藤直子 ○
タイトルの「し」は「詩」でよいのだろうか。また、言葉の中に出てくる「おれ」は「かぜみつる」なのだろうか。状況や設定がややあいまいに見えるので、かっちり理解するのは難しいが、書かれている言葉の内容は、泣いているミノムシを、そよ風で揺すって、笑顔で眠らせるという暖かなものである。

【論考】魂を味わう/池田晶子 ○
例えば、私がここにいること、存在することは有り難く、奇跡的なことだと筆者はいう。また、人と人との出会いも、奇跡であると語る。確かにそうだ。親を選ぶことは出来ないが、たった一つのこの男女の子として生まれ、別の男女ではなかった。だから、それは非常に有ることが難く、感謝の気持ち、ありがとうにつながるのだ。


滝沢馬琴【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#161】


【6月9日】滝沢馬琴:1767.6.9~1848.11.6

居宅器財の如きは、よしや一朝に皆失ふも惜むに足らず、只惜むべきは興継おきつぐの死のみ、然るに不幸短命にて、父に先だちて没したり、幸いにも嫡孫ちゃくそんあれども、いまだ十歳にだも至らず、日は暮れんとして道遠かり、吾それ是を如何かすべき。(『後の為の記』)

麻生磯次『滝沢馬琴』人物叢書、吉川弘文館、1959年より

【アタクシ的メモ】
古文ということもあり、書かれている内容も、それほどはっきりしない。どの家かはわからないが、後継ぎがいないことを嘆いているのだろうか。


魂の世話をする【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0186】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】靴下/リディア・デイヴィス ○
靴下を通して、元夫のことを思い出す。今や距離がある人との、そうした象徴的なものが誰しもあるかもしれない。ただ、そんな自身の思い入れとは別に、やはリコミュニケーションが生まれ、何か行き違いのようなものを感じるかもしれない。そのズレに疲れながら生きるしかないのだろろか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】船出/辻征夫 △
そこそこ長い詩であるが、描かれている状況が良く分からず、視点がはっきりしないため、メッセージ含めて、色々と理解できなかった。自分のに読む力がないのを疑いつつ、何度か読んだが、詩で描かれたことの像が頭の中に浮かんでこない。こんな時もあるさと思うのものの、ストレスも感じる。

【論考】魂を味わう/池田晶子 ○
「人間は肉体であると同時に精神です」と言い切るところが気持ちよい。ただ、世の中では精神の成熟よりも、内体的欲求や快楽にばかり傾倒しているように感じる。ソクララスも「人生の目的は魂の世話をすることである」と言ったようで、自分としては、精神を成熟させるように生きたいと思う。


知里幸恵【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#160】


【6月8日】知里幸恵:1903.6.8~1922.9.18

その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました。天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人だちであったでしょう。
冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って、天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り、夏の海には涼風泳ぐみどりの波、白い鷗の歌を友に木の葉の様な小舟を浮ベてひねもす魚を漁りすなど、花咲く春は軟らかな陽の光を浴びて、永久に囀る小鳥と共に歌い暮して蕗とり蓬摘み、紅葉の秋は野分に穂揃うすすきをわけて、宵まで鮭とる篝も消え、谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、円かな月に夢を結ぶ。嗚呼なんという楽しい生活でしょう。

『アイヌ神謡集』序、岩波文庫、1978年

【アタクシ的メモ】
知里幸恵について、テレビ番組で知った。なので、上記で書かれているのは、単なる昔はよかったということではではなく、民族の文化、同一性についての記述だと理解している。