「生ましめんかな」と命を捧げる【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0068】


【短編小説】沼地の恐怖/トルーマン・カポーティ ◎
ストーリーの最後を読むと、どうしてジェプとレミーは逃げた因人なんて探しに行ってしまったのだろうと思ってしまう。一人は命を落としてしまうし、もう一人はそれを目の前にして助けてあげられなかった。誰も救われない物語である。また、カポーティは、なぜこの短編小説を書こうと思ったのだろう。読み終わって、解けない2つのモヤモヤに包まれている。

【詩・俳句・短歌・歌詞】生ましめんかな/栗原貞子 ◎
命は継いでゆくものだと改めて思った。その命は、ある意味で、その人のものかもしれない。しかし、人は一人で生きているわけではなく、助け合いながら、年長者が幼き者を世話しながら暮らしている。原爆が落とされたばかりの時、地獄のような瞬間においても、「生しめんかな」と命を持げた人がいた。涙なしには読めない。

【論考】「中くらゐ」について/森本哲郎 △
一茶の言う「中くらゐ」というのは、ちょうどまんなかではなく、自分にふさわしい程度、分相応ということらしい。ただ、この言葉の真意よりも、むしろ一茶の知らなかった人生の方に興味がいってしまった。恵まれなかった若かった頃や苦労が多かった晩年など。そうした意味では、論考というより評伝に感じる。