梶井基次郎【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#048】


【2月17日】梶井基次郎:1901.2.17~1932.3.24

私は好んで闇のなかへ出かけた。渓ぎわの大きな椎の木の下に立って遠い街道の孤独な電灯を眺めた。深い闇のなかから遠い小さな光を眺めるほど感傷的なものはないだろう。私はその光がはるばるやって来て、闇のなかの私の着物をほのかに染めているのを知った。またあるところでは渓の闇へ向かって一心に石を投げた。闇のなかには一本の柚子の木があったのである。石が葉を分けて戞々と崖へ当った。ひとしきりすると闇のなかからは芳烈な柚子の匂いが立騰って来た。(「闇の絵巻」)

『檸檬・冬の日 他九篇』岩波文庫、1985年

【アタクシ的メモ】
闇とほのかな光。そして、闇に石を投げ込むことで、立ち上る匂い。そこに劇的なドラマはないが、ささやかな人間の認識がある。