人工的知性は人間を乗り越えるのか?【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0137】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】泣くのにいちばんいい時間/川上弘美 ◎
十歳の女の子が主人公で、漢字の表記も含め、年齢らしい思考がとても気持ちヨイ物語。登場人物のキャラクターの描き方も巧みなので、ちゃんと読み手の頭に思い浮かべられ、生き生きと動いてくれる。自分と性別も年齢も違っているから、共感というよりも納得感の強いストーリーテリングであった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】他ト我/北原白秋 ○
前回と同じ北原白秋の詩。4行というのも同じだ。二人でも、一人でも淋しいと嘆いている。それ自体、全くの同感とはいわないまでも、言っていることは理解できる。ただ、この詩のメッセージにまでは、たどり着けない。他ト我とは、夫婦のことを差しているのだろうか。子どもがいない淋さを詠んだと妄想してしまった。

【論考】コンピューター/外山滋比古 ○
コロンピューターの登場によって、人間の知的活動やその存在価値が変わっていくだろうという内容。今で言うと対話型AIであったり、ちょっと前のインターネットの登場に似ているのかもしれない。議論も、コンピューターによって、人間の仕事が奪われかねないという方向に進む。ただ、コンビューターには創造性があるわけではないから、何かを生み出す際は、きっと人間が登場するだろう。


親鸞【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#111】


【4月20日】親鸞:1173.4.1~1262.11.28

煩悩具足の身なればとて、こゝろにまかせて、身にもすまじきことをもゆるし、くちにも、いふまじきことをもゆるし、こゝろにも、おもふまじきことをもゆるして、いかにもこゝろのまゝにてあるべしとまふしあふてさふらふらんこそ、かへす〲不便におぼえさふらへ。ゑひもさめぬさきに、なほさけをすゝめ、毒もきえやらぬにいよ〱毒をすゝめんがごとし。くすりあり、毒をこのめとさふらふらんことは、あるべくもさふらはずとぞおぼえ候。(『末燈鈔』)

『親鸞集 日蓮集』多屋頼俊校注(『日本古典文学大系』82、岩波書店、1964年)

【アタクシ的メモ】
思うがままに生きるのは、薬があるから毒を飲んでも構わないという考えと同じであると言っているようだ。煩悩に従うのではなく、そこから抜け出そうと努力することが大事なのだろう。


何故ビール樽をころがすのか【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0136】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】#コロナウ/金原ひとみ △
タイトルの通り、コロナ禍にある人々を描いた作品。こんなにみんな不倫するのかなぁ、というくらい不倫だらけである。括弧書きの会話文だけの箇所が多く、今現在を描写している感じはあるが、とても理解しづらかった。また子どもも、とてもませていて、あまりリアリティーを感じなかった。トレンドを追いすぎなのではないか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ビール樽/北原白秋 ○
これも4行のとても短い詩。何故かビール樽を熱心にころがしている。想像力が乏しいせいか、居酒屋のような飲み屋さんの様子を詠んだのかなぁと思った。落日(イリヒ)という言葉も出てくるが、何だか明るい印象が残る。とは言え、作者の伝えたいことは、あまりピンとこないままであるが。

【論考】拡散と収斂/外山滋比古 ○
われわれには、与えられた情報を変え、脱け出ようとする拡散的作用と、バラバラなものをまとまりに整理する収斂的作用の2つの能力があるという。収斂的思考は受動的であり、拡散的思考は創造的である。学校教育は収斂が中心なので、拡散と収斂の行き来をするのがよさそうだ。


ダーウィン【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#110】


【4月19日】ダーウィン:1809.2.12~1882.4.19

いろいろな種類の多数の植物によっておおわれ、茂みに鳥は歌い、さまざまな昆虫がひらひら舞い、湿った土中を蠕虫ははいまわる、そのような雑踏した堤を熟視し、相互にかくも異なり、相互にかくも複雑にもたれあった、これらの精妙につくられた生物たちが、すべて、われわれの周囲で作用しつつある法則によって生みだされたものであることを熟考するのは、興味ふかい。

『種の起源』(下)八杉龍一訳、岩波文庫、1990年

【アタクシ的メモ】
当たり前だが、生物の生態系(エコシステム)は、非常に複雑なのだろうと思う。もちろん、それ自体をデジタル化することもできないから、はっきりと見える化することも困難なはずである。


何か得たいの知れないものがあり【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0135】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】今日この頃です/片岡義男 △
不条理とまではいかないが、特に会話が変な感じである。女性なのに男性のような言葉使いだったり、発言も人というより、ロポットみたいだったり。作者は何が言いたかったのだろう。タイト含め物語の真意がまったく分からなかった。個人的には、片岡さんに期待していたので、残念である。

【詩・俳句・短歌・歌詞】なにもそうかたを……/高橋元吉 ○
何事も合理的、論理的に説明できなくてもよいのではないかという提言。その主張自体には同意、共感する部分もあるが、かたをつけたいというのは、人間の本能、性でもあると思う。「何か得たいの知れないものがあり」については、角田さんの「ポケットのなか」に通ずるものがあり、シンクロを感じた。

【論考】既知・未知/外山滋比古 ○
既知のことを再認するのがA、未知のことを理解するのがBとする。とかく、AとBの区別が判然としないし、学校教育もAから始まり、いつの間にかBに移行していたりと、ないまぜになっている。ただ知的活動の中心は、Bにすべきであろうし、AとBの区別やどうやってBを実行するのかという方法論が重大だと感じた。


ベルクソン【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#109】


【4月18日】ベルクソン:1859.10.18~1941.1.4

不意に目の前に差し迫った死の威嚇が現れてきた人びとには、崖から下へ滑る登山家や水に溺れる人や首を吊った人には、注意の急激な転換が生ずることがあるようです。――それまで未来に向けられて行動の必要に奪われていた意識の方向が変わったために、突然それらに対して関心を失うようなことが起こるようです。それだけでも十分に「忘れていた」何千という細かい事が記憶によみがえり、その人の歴史全体が目の前に動くパノラマとなって展開するのです。(「変化の知覚」)

『思想と動くもの』河野与一訳、岩波文庫、1998年

【アタクシ的メモ】
死の間際のいわゆる「走馬灯」、過去の様々な記憶がフラッシュバックすることを言っているのだろうか。それにしても、ベルクソンはどうしてここまで走馬灯を明言できるのか。


ああ、ヨットのようだ【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0134】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】ポケットのなか/角田光代 ◎
10年近くかけて「だいじょうぶ」という信頼感を夫婦で築いたが、ほんのささいな出来事から離婚に至ることに。そんなことでと思う反面、自分の妻との付き合いも20年以上になるなかで、実際に変化したり、ずれのようなものを感じることもあり、妙な納得感があった。小説に書かれていたが、私たちは、得たいの知れないものを抱えているのだ。

【詩・俳句・短歌・歌詞】土/三好達治 ◎
「蟻が/蝶の羽をひいて行く/ああ/ヨットのようだ」というわずか4行の詩。それでも、その光景は目に浮かぶし、ちゃんと私に訴えかけてくる。単純だけどと言うより、シンプルだからこそ強く伝わるのかもしれない。修飾をたくさんすればするほど、ぼやけてしまうのと同じなのだろう。

【論考】第一次的現実/外山滋比古 ○
現実には2つあると、筆者はいう。物理的現実の第一次的現実と頭の中にある第二次的現実だ。この第二次的現実は、いわばアカデミズムのことなのだろう。そのためか、第一次的現実に根差した創像的思考の必要性を説く。当時とは時代が変わり、現在はそうした傾向が強くなっていると思う。


小林一茶【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#108】


【4月17日】小林一茶:1763.5.5~1827.11.19

「親のない子はどこでも知れる。爪を咥へて門に立。」と子どもらに唄はるゝも心細く、大かたの人交りもせずして、うらの畠に木・萱など積たる片陰に跼(かがま)りて、長の日をくらしぬ、我身ながらも哀也けり。

  我と来て遊べや親のない雀  弥太郎 六才(『おらが春』)

『父の終焉日記・おらが春 他一篇』矢羽勝幸校注、岩波文庫、1992年

【アタクシ的メモ】
小林一茶自身が、幼いころ寂しく、辛い家庭環境にあったことを綴っているようだ。「我身ながらも哀也けり」と言っているが、大人になってこうして言葉にできていることから、ちゃんと乗り越えられたのかもしれない。


蟹がひとりで何か呟いている【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0133】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】悪い春 202X/恩田陸 ○
コロナ禍が色温く反映された内容であった。以前読んだ「悪い春」の続編的な立ち位置だとは思うが、やはりメッセージがなく、ちょっとした落ちだけがあった感じ。そのため、結局、何で読んだんだろうという気分に、させられてしまうのが残念だった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】蟹/三好達治 ◎
樋をのぼる蟹と入道雲との対比、ミクロからマクロへの視点の移動が、とても気持ちよかった。とても短い詩だし、本当に何げない情景を切り取っただけとも言えるが、非常に情感が豊かだと思う。実際に蟹が呟いて(泡を吹いて)いる姿や人道雲を見たことがあり、自分の経験に根差しているからだろうか。

【論考】ことわざの世界/外山滋比古 ○
「具体例を抽象化し、さらに、これを定型化したのが、ことわでの世界である」と、筆者はいう。創造的な思考において、あまりことわざの効用を考えてこなかった。抽象化、定型化されていることから、構造主義的にロジックを合てはめたり、比べられる点は、思考の整理になると思った。


パウル・クレー【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#107】


【4月16日】パウル・クレー:1879.12.18~1940.6.29

色は、私を捉えた。自分のほうから色を探し求めるまでもない。私には、よくわかる。色は、私を永遠に捉えたのだ。私と色とは一体だ――これこそ幸福なひとときでなくて何であろうか。私は、絵描きなのだ。(1914年4月16日)

『クレーの日記』南原実訳、新潮社、1961年

【アタクシ的メモ】
画家、絵描きの矜持を感じる文章だ。日記といえども、「私と色とは一体だ」と言い切れるのは、ある意味うらやましい限りである。