本当に大事なものは、君の中にこそある【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0102】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】手紙/角田光代 ◎
旅の直前に恋人と喧嘩して、おひとり様で旅館に泊まる女性。部屋に置いてあった本の中から、偶然にも手紙を見つける。少し自分の境遇とも似ており、段々と手紙の語り手と自分を重ね合わせるようになる。共感しつつも、相対化することで、現在の自己を超え出ようとしているのだろうか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】用意/石垣りん ○
四季の移り変わりと、自身が生きることをオーバーラップさせている。秋から冬にかけて、樹木から葉が落ちることは「洞落」ではなく、次の季節への「用意」ととらえているのだろう。その解釈に異論はないが、それを踏まえた読者への具体的なメッセージが、私としては欲しかった。

【論考】お金/池田晶子 ◎
お金の必要性は十分に認めつつ、「本当の価値、君の人生にとって本当に大事なものは、君の中にこそある」というのが、池田さんのメッセージ。今、仕事の再検討をしているので、ある意味で気づいていることだったが、生活が順調だと、お金を得ることが目的化されがちになってしまうだろう。気をつけなければ。


額田王【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#076】


【3月16日】額田王:生没年未詳

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

君待つと吾が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く

『万葉集』(一)(『日本古典文学大系』4、高木市之助ほか校注、岩波書店、1957年

【アタクシ的メモ】
言葉数も限りがあるし、いにしえの時代の短歌なので、詠まれていることはシンプルではあるが、どの首も情感がこもっている。


言葉は時空を超えて存在する【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0101】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】だれか/角田光代 ◎
タイでマラリアにかかった24歳の女性が、病床でたまたま手に取った本を通じて、ある人物の存在をまざまざと感じる。それは単なる妄想なのか、ある種の必然的な確信なのかは定かではない。まさに「だれか」であり、その人物像より風景の方が、ずっと残り続けているようだ。

【詩・俳句・短歌・歌詞】滅私奉公/吉野弘 △
この詩で訴えたい主旨が、ちょっとよく分からなかった。もしかして、原子力について言っているのかもなどと思ったが、単純に人が個を失って、国家のような全体に尽くすことを警告しているのであろうか。例えば、「虚無の手」といった表現も出てくるが、抽象的すぎて、それは何かがとらえられないままである。

【論考】言葉/池田晶子 ★
言葉が持つ特別な力を再認識した。聖書の「初めに言葉ありき」という言葉の真意、言葉が世界を創ったんだということ、目に見えない意味こそが、人や世界を動かしていることに改めて気づかされた。何百年前の言葉であっても、“今”分かるという時空を超えられる点も奇跡的だ。


平塚らいてう【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#075】


【3月15日】平塚らいてう:1886.2.10~1971.5.24

元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である。
私どもは隠されてしまった我が太陽を今や取り戻さねばならぬ。(『青踏』創刊の辞)

『平塚らいてう評論集』小林登美枝・米田佐代子編、岩波文庫、1987年

【アタクシ的メモ】
1911年に書かれたようだ。2023年にこれを読むと、ややリアリティに欠けてしまうが、当時はある意味、大きく大胆な宣言だったのだろう。


自分が今ここに存在する奇跡【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0100】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】旅する本/角田光代 ◎
事実に基づいているのか、フィクションなのかは分からないが読んでいるだけで、ワクワク、ドキドキした。本ではないが、よく会う人、モノもあったりするので、そうした自分の体験も思い出された。角田さんの文章を読むのは、とても久しぶりだったが、読みやすいし、気持ちもよかった。主人公の変化、成長を感じらたのもヨイ印象である。

【詩・俳句・短歌・歌詞】リンゴ/まど・みちお ◎
リンゴという題名だが、ある空間に存在できる存在者はたった一つであるということを詠んだ存在論的な詩である。一つの存在者が空間を専有するという摂理を、「あることと/ないことが/まぶしいように/ぴったりだ」と表現している。私にとっては驚きであったが、作者は明るい光ととらえたのだろう。

【論考】宗教/池田晶子 ◎
宗教を基点にして、神とは何か、自分が存在するとは何かといったことが語られている。自分が今ここに存在している奇跡に気づけば、神ではなく自分を待じられるだろうという。そう、私たちは、絶対的、超越的な神ではなく、自分を信じなければならない。そうすることで、時に苦しい自身のどんな人生でも受け入れられるのだ。


マルクス【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#074】


【3月14日】マルクス:1818.5.5~1883.3.14

自然の人間的本質は、社会的人間にとってはじめて現存する。……ここにはじめて人間の自然的なあり方が、彼の人間的なあり方となっており、自然が彼にとって人間となっているのである。それゆえ、社会は、人間と自然との完成された本質統一であり、自然の真の復活であり、人間の貫徹された自然主義であり、また自然の貫徹された人間主義である。

『経済学・哲学草稿』城塚登・田中吉六訳、岩波文庫、1964年

【アタクシ的メモ】
この草稿における「人間的」「社会的」「自然的」の意味、「社会」「人間」「自然」の関係性がはっきりしないので、この引用だけでは、何を主張しているのかよくわからない。ただ、「人間」と「自然」とを分断し、対立として考えていそうな点は、あまり賛同できない。


内に向かって、外へ抜ける【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0099】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】巣に帰る/ルシア・ベルリン △
自分の読解力にも問題があるのだろうが、いくら読んでも情景がイメージできなかった。解説文を読むと、原文ならではの良さもあるようだ。今回は諦めるが、いつかりベンジしたい。続編のような短編集が、もう一冊あるようなので、それにチャレンジしてみようか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】象/高村光太郎 △
象を飼う人間たちへの反乱の詩なのだろうか。しかし、現実なのか、象の想いの代弁なのかもわからない。最初と最後の行の「象はゆっくり歩いてゆく」以外は、どれも象による一人称であるのも、やや違和感。意図的なのだろうが、私にはその効果は感じられなかった。

【論考】宇宙/池田晶子 ◎
池田さんが書く文章で、宇宙の話はやや苦手にしている。「内に向かって、外へ抜ける」「自分を知るため内界に向かうと無限へ通ずる」といった言説が、腑に落ちていないのである。カントの上なる星空と、内なる道便律と同じなのだろうが、感覚的にしか理解できないのだ。


ブーバー【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#073】


【3月13日】ブーバー:1878.2.8~1965.6.13

メロディーは音から成り立っているのではなく、詩は単語から成り立っているのではなく、彫刻は線から成り立っているのではない。これらを引きちぎり、ばらばらに裂くならば、統一は多様性に分解されてしまうにちがいない。このことは、わたしが〈なんじ〉と呼ぶひとの場合にもあてはまる。わたしはそのひとの髪の色とか、話し方、人柄などをとり出すことができるし、つねにそうせざるを得ない。しかし、そのひとはもはや〈なんじ〉ではなくなってしまう。(『我と汝』)

『我と汝・対話』植田重雄訳、岩波文庫、1979年

【アタクシ的メモ】
同一性について語っているのだろうか。なんじ(あなた)を構成する要素を分解してしまうと、自己同一性は保てなくなる。ただ、それが単なる数多ある組み合わせのうちの一つであるという確率論ではないと、私は考える。


人間の意志を超えている力【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0098】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】あとちょっとだけ/ルシア・ベルリン △
ちょっと公私ともに悩みが多い状態だということもあってか、文字を目で追っていても、ほとんど内容が頭に入ってこなかった。だからといって、何度も読む気にもならない。夫を先に亡くした女性の物語。作者本人の経験に基づいているだろう。生きている人にできるのは、故人を思い出すことくらいなのか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】自分はいまこそ言おう/山村暮鳥 △
自分の人生は一回きりだから、のろくても休まず生きてゆくという宣言をしているようだ。それ自体に反論はないが、どうしてそうしたて生き方を詩の中で、“いま”こそ言い出さなければならないのかが、理解できなかった。作者のモケベーションがわからなかったのだ。

【論考】自然/池田晶子 ◎
人間対自然という考え方に違和感があったので、人間の体は自然であるという説明を読んで、何だかホッとした。また「自然というのは、人間の意志を超えているカのことを言うんだ」という文にも、非常に納得。多くの人が、自分たちの意志で生きていると考えすぎなのではないか。


伊東静雄【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#072】


【3月12日】伊東静雄:1906.12.10~1953.3.12

この碧空のための日は
静かな平野へ私を迎える
寛やかな日は
またと来ないだらう
そして碧空は
明日も明けるだらう(「詠唱」)

『伊東静雄詩集』杉本秀太郎編、岩波文庫、1989年

【アタクシ的メモ】
「寛(おだ)やかな日は/またと来ないだらう」という一文が、個人的なはとても刺さった。また来ないのに、明日も明けてしまうのである。