『ゴムあたまポンたろう』長新太・作


「ソーシャル時代」とも言われる昨今、通勤電車に乗っていても、多くの人がスマートフォンでFacebookやTwitterを利用しています。若い人を中心に、ソーシャルメディアが、現代人の生活に欠かせぬものとなってきているようです。

では、そもそも「ソーシャル」とは、一体何を指しているでしょうか。この問いに対する答は、思いのほか難しいものに思えます。

ソーシャルの原語である「social」を日本語に訳せば「社会的な」となります。しかし、「社会」とは国や地域、はたまた時代によって、意味や様相が大きく変化します。日本とアフリカにおける社会のあり方は違っていますし、たとえ近隣国であっても同一ではありません。日本国内に限定したとしても、平安時代、江戸時代、平成のそれぞれが、同じ社会だとは言えないでしょう。

今回私が紹介するのは、『ゴムあたまポンたろう』という絵本です。主人公のゴムあたまポンたろうは、頭がゴムで出来ている男の子。その頭が大男の角、バラのとげ、オバケの頭、ハリネズミに、ぶつかり、刺さり、蹴られることで、理由も明かされぬままあちこち移動を繰り返します。

移動する中で、ゴムあたまポンたろうは様々な感情を抱きます。「わーい」と叫んだり、心配したり、驚いたり、怖くて震えたり、泣きたくなったり。頭がゴムであるばかりに、宿命的に移動を義務付けられているようで、各々の状況を受け入れて話は進行します。まさに「郷に入っては郷に従え」といった感じです。

あるページでは大男が横たわり、あるページではオバケの親子と出会い、あるページでは動物たちがズンズン歩き、あるページでは海の上を飛んでいます。それこそ社会常識では考えられない状況ではありますが、ゴムあたまポンたろうは、“そうである状況”を引き受け続けます。

この本はとても独特な色使いで、ページをめくるごとに不思議なシチュエーション、不条理な情景がビビットな色で描かれています。こうしたページ一つひとつを「社会」と見たてると、この社会とあの社会に共通性や連続性は見つかりせん。なぜそのような状況であるのか、正当性は棚上げされているようです。

「社会」とは歴史をさかのぼることで、あるいは地政学的に分析を試みることで、これこれの理由で、今こうであると説明がつくものなのかもしれません。それでも、ゴムあたまポンたろうの物語を読み、彼の姿を虚心に眺めていると、「社会」というものの根源的な無根拠さを感じずにはいられなくなります。

『ゴムあたまポンたろう』長新太・作/童心社


顧客との関係強化は長期的な視点で【無印良品(3)】


米アップルが新たに提供した「Passbook」。このアプリケーションを利用し、無印良品らが店舗誘導を試みた。顧客の反応を決めたのは、これまでに蓄積したコミュニケーションの量だったという。

「日々の会話」が顧客を呼び込んだ

 2012年9月21日、iPhone 5の発売、iOS 6配信に合わせ、無印良品ら4社が「Passbook」の実証実験に参加した。Passbookは、米アップルのモバイル端末向け基本ソフト「iOS」に、プレインストールされたアプリケーション。ネット上で入手したクーポンやチケットなどを一括管理できる。

 このアプリは、iPhoneのGPS機能と連携し、クーポンを持つ店に近づくと画面に店の情報を表示。利用者にとっては、今いる場所に関連した有益な情報が自動的に知らされ、生活の利便性が高まる。提供企業の側から言えば、近くにいるユーザーを自分たちの店舗へと誘導できるメリットがある。

 無印良品は、フランス菓子「ブールドネージュ」の無料クーポンを、有楽町店限定で先着1000名に配布した。このキャンペーンでは、他社と比較しても多くの来店客があり、非常によい結果が出たという。「ソーシャルメディアなどを通して、普段から密なコミュニケーションを取ってきたことが、お客様の反応に影響を与えたのではないでしょうか」と良品計画 WEB事業部 WEB製作担当(兼)コミュニティー担当 課長の川名常海氏は分析する。

 仮にユーザーが得する情報提供だとしても、それがいつもコミュニケーションを取っている企業か、そうでない企業かによって、受け手の印象は大きく変わる。身近に感じていないブランドや企業から、急にセールのお知らせが届いても、なかなか買う気は起きないだろう。

消費者との関係構築には“長い時間”が必要

 こうした実際の反応も踏まえ、「企業のマーケティング活動において、顧客との関係が長期化しています」と川名氏は指摘する。かつてのように、マスメディアを使った広告の一斉配信では、消費者の購入マインドを喚起することは難しい。マーケティングの焦点を、消費者が商品を購入するポイントだけに当てていては、商品が売りづらい状況にある。

 現在の消費者と企業は、長い時間をかけて信頼関係を結ぶロングエンゲージメントが当たり前。購入前の調査、選定、さらに購入後の利用、保有、推奨といった、購入前後の各段階においても、コミュニケーションが欠かせないのだ。

 特にソーシャルメディアは、商品の購入プロセスにおいて、品定めする購入の始まりの部分や、自分で使ってみた商品を友人などに勧める最終段階などで利用されやすい。「従来、これらの段階は、お客様とのコミュニケーションが取りづらいプロセスでした。ソーシャルメディアを使うことで、顕在化できるようになりました」(川名氏)。

 ソーシャルメディアの活用によって、コミュニケーションの範囲は大きく広がった。川名氏に今後の展開を尋ねると、「ソーシャルなどの情報集約を進め、無印良品ならではの店舗体験を実現したいですね」と応じた。ソーシャル後も見据え、無印良品は明日へと歩みを進めている。


「握手する距離」でソーシャルメディアを使う【無印良品(2)】


「無印良品」はFacebookとTwitterだけで、100万人以上のファンを抱えるブランド。企業のソーシャル活用における代表例とも言える存在だ。それでもソーシャルメディアを「会話の場」と捉え、ユーザー尊重のスタンスを貫く。

ソーシャルメディアでは“招待された”と考える

 無印良品は、商品の企画、製造、販売まで行うSPA(製造小売り)。取り扱うアイテムもスキンケア、靴下から家具、住宅までと幅広く、7000点を超える。これらの多数の商品をユーザーに購入してもらうために、彼らが何より大事だと考えているのが、顧客とのコミュニケーションである。

 それゆえ無印良品では、ソーシャルメディアも「会話する場」と捉えている。「仲良しの集まりに“招待された”と理解しています。気の置けない人たちばかりの場所ですから、いくら我々が企業だからと、急に商品の宣伝を始めても受け入れられないでしょう」と良品計画 WEB事業部 WEB製作担当(兼)コミュニティー担当 課長の川名常海氏は強調する。

 「会話する場」に人が集まるのは、コミュニケーションを楽しむためで、企業が販促活動を行うには適さない。無印良品が投稿する際に意識しているのは、内容はもちろん、ユーザーとの距離感。近づきすぎず、遠巻きにもならない距離として「握手するくらいの距離」を保つ。

 BtoCの関係性も変化を見せ始めている。ソーシャルメディアの浸透により、企業と顧客のつながりは、よりフラットになっているからだ。「対等の関係、コミュニケーションですから、格好をつける必要もないですし、嘘をつかないことが重要です」(川名氏)。

Facebook導入もコミュニケーション促進のため

 今でこそ、ソーシャルメディアは生活に欠かせないインフラとも言えるが、登場し始めた当時、日本ではまだまだ小さなムーブメントであった。それでも無印良品は、新しいツールを活用することで、これまで以上にコミュニケーションを加速させる可能性があると考えたという。

 導入を決めた頃、Facebookの国内ユーザー数は100万程度に過ぎなかった。「プラットフォームとして、規模は決して大きくありませんでした。ですが、コミュニケーションが広がる仕組みを持つ点を評価し、採用に踏み切りました」と川名氏は説明する。

 今や、無印良品のFacebookページには約82万のファンが集まり、Twitterのフォロワー数も約19万を数えるまでになった(2012年10月現在)。こうした日本有数のファン数を誇る無印良品にとって、ソーシャルメディアは不可欠な存在なのだろうか。

 顧客との会話を重視するブランドとして、ソーシャルメディアによってコミュニケーションの機会や経路が増えたのは事実。だが、無印良品には店舗があり、Webサイトがあり、様々なプロモーションがある。企業全体で見れば、いくつもあるコミュニケーション施策の一部だと言い切る。

 他企業のソーシャルメディア活用についても、「どのようなコミュニケーションを取りたいのか決まっていないのであれば、無理に使う必要はないでしょう」と川名氏は話す。ツールありき、市場動向ありきでマーケティング手法を決めない姿勢は、地道なコミュニケーションがブランドの源流である無印良品の本質をよく表している。


すべては顧客の声を聞くことから始まった【無印良品(1)】


マッシュルーム缶詰の改良から産声を上げた「無印良品」。今や、老若男女を問わず多くのファンを抱えるブランドだ。顧客から愛され、強く支持される理由は、消費者とのコミュニケーションを重視する企業文化にある。

「主婦の素朴な疑問」から生まれたブランド

 「生のマッシュルームは丸いのに、なぜ缶詰では端の部分がないの」――。この問いは、30年以上前、西友の商品開発で行われた主婦のモニター会議で挙がった声だ。消費者が投げかけた素朴な疑問が、「無印良品」というブランドの原点にある。

 当時、メーカーや販売者にとって、マッシュルームの端に当たる丸い部分がないのは常識であり、疑う余地のない商品規格であった。それでも、主婦の問いに答えるべく改めて確認してみると、見た目をそろえるためだけに10%の部分を切り落とし、捨ててしまっていたのだ。

 こうした既存商品への疑問をきっかけに、西友のプライベートブランドとして、1980年に無印良品は生まれた。無駄を排することで高品質ながらも低コストを実現。「わけあって、安い」が当初のキャッチフレーズである。

 「どんなに小さな声でも、消費者の意見を聞く」という企業カルチャーは、ブランド誕生から現在まで、脈々と受け継がれている。その1つが、Webサイトの「くらしの良品研究所」だ。

 サイト内にある「ご意見パーク」では、「廃番になった製品の再販希望」や「商品をもっとこうして欲しい」など、消費者の1つひとつの要望に耳を傾ける。「お客様の希望に応えた報告はもちろんですが、対応できない場合でも、やらない理由をきちんと説明します」と、無印良品を展開する良品計画 WEB事業部 WEB製作担当(兼)コミュニティー担当 課長の川名常海氏は語る。

 企業が運営するWebサイトではあるが、単に提供者側の情報伝達の場とは考えていない。ブランドの考え方の共有を目的とし、顧客との相互理解を深めるコミュニケーションを日々繰り返している。

2万8000人のファンが300万回プレイ

 売上向上を目指すマーケティング活動においても、顧客とのコミュニケーション重視の姿勢は変わらない。最近実施した「MUJI 福 CURRY スゴロク」キャンペーンでは、Webサイト上にすごろくゲームを用意。すごろくで遊んだユーザーにカレーのクーポン1万枚を発行して、店舗送客を図る試みだ。

 キャンペーンは、店舗への誘導、売上の増加にも貢献する一方、コミュニケーションという面で見ても、2万8000人のユーザーが合計300万回プレイするなど、良好な結果を残した。

 1人当たりが30分程度遊んだ計算になり、最も長く利用したファンは17時間もこのゲームに費やしたという。従来の広告では、顧客にこれだけの時間を使ってもらうことは難しい。「だからこそ、無印良品の体験を提供し、確実な接点を持てたことに価値を感じています」と川名氏は話す。

 消費者の要望に耳をすませ、顧客との「声のキャッチボール」に最大の努力を払う無印良品。現在、多数のファン、フォロワーを誇るソーシャルメディアの活用においても、その考えは一貫している。


のじゅく【野宿】


オートバイでニ週間くらいの長い旅に出ると、寝泊りの大半は、決まって野宿になりました。特に学生の頃は、自分の自由になるお金は少なかったので、数泊のツーリングだったとしても、テントを張って宿泊費を浮かすことがほとんどでした。

宿泊代は無料だったり、キャンプ場みたいなところでも、無料に近いお金しか必要なかったりするので、懐のさびしい私には大変助かりました。この浮いたお金で、楽しい旅の日数を少しでも長くできるわけです。

特にバイクでの野宿だと、タンクの上や後部座席にラクダみたいに荷物を載せたとしても、着替えなどの必須なもの以外、大したものを持っていくことはできません。そうなると必然的に、テントでの寝泊りもシンプルなものになってしまいます。

当たり前ですが、テレビもなければ、冷蔵庫もなく、明るい蛍光灯もありません。あるのは、寝袋と自分の身一つなわけで、周りが暗くなってくれば、目を閉じて静かに眠るだけでした。そして、自然が目覚まし時計となり、日の出とともにまた走り出すのです。

正直に言ってしまえば、大変不便ですし、お世辞にも快適ではありません。宿泊する場所のそばにお風呂がなければ入浴もできませんし、コンビニエンスストアなども無くて、食べ物に困ることもありました。

でも、悪いことばかりではないのです。その1つに、今までの普通の生活がいかにありがたいものかを知ることができました。雨風をしのげ、布団の上で眠れることが、どれだけ恵まれているかを。日々暮らしていると、すべてが当たり前のように思え、むしろ不満を持っていたことが恥ずかしくなってくるほどです。

そしてもう1つは、野宿をしたからこそ、多くの人と接することができたのです。テントを張っていたりすると、見知らぬ人から「よくやるねえ」などと声をかけられ、短い時間ですが話が出来たりもするのです。

一度は、鹿児島県の串木野で野宿ポイントを探していた際、たまたま「この辺りに公園などないですか?」と聞いた地元の方に「公園は虫も多いから、家に来なよ」と言ってもらい、突然一泊させて頂いたこともありました。お風呂にも入れさせてもらい、ビールや九州ならではの焼酎も頂戴しました。朝食のときには、黒砂糖を勧められました。これもまた、九州の日常生活なのだろうなあと感激したものです。

その方とはひょんなことからの出会いでしたが、その後お礼をしたり何度かやり取りをし、十年くらい経つ今でも年賀状の交換をしています。それは、私にとって昔の旅のちょっとした勲章みたいになっています。

野を宿とするのは、先に述べたように不便や辛いことも数多くあります。でも、普段の生活では決して見つけることができなかったことを気づかせ、人との偶然な出会いを呼ぶ意外な効用ももたらしてくれたのでした。

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ねまわし【根回し】


「根回し」という言葉を聞いて、あまりよい印象を受けない方が多いかもしれません。何だか悪さを行おうとしているように感じる方もいるでしょう。どうもこのことばには、ちょっと汚いイメージがまとわりついているようです。

かくいう私も社会人になる前は、「根回しとは、悪い大人のする薄汚れた行為だ」と考えておりました。表で出来ない話を陰でこっそりし、時には金銭の授受などもともない、仕事をまっとうに行わないためのものだ、と子供心に妄想をたくましくしていたのです。自分は、「社会に出てもきっと根回しをするもんか」とも思っていました。

ところが、実際に社会へ出て働き始めてみると、いわゆる根回しがむしろ必要であることを知りました。幾分極端な表現かもしれませんが、社会で、よりよく、スムーズに仕事をしようとすれば、根回しは切っても切れないものだと思うのです。

もちろん、私が幼い頃に抱いていた誤解のような、ダークな根回しや、法に触れる根回しも世間を見渡せば、少なからず存在するのだとは思いますが、ほとんど多くの根回しは、より実務的で、もっと肯定的なものだと思います。

と言うのも、仕事では「報・連・相」が大変に大事だと言われます。仕事を日々行う上では、上司や同僚、関係者への報告、連絡、相談が必要だということです。そういった面から言うと、根回しとは事前の連絡や相談だと言えるではないでしょうか。

どんなえらい人だとしても、会社などで業務をしようとすると、周りの人や関係会社の人たちと協力しながら仕事をしなければなりません。その時、周囲の関係者に全く何の連絡や相談もなければ、うまく仕事は運びませんし、気持ちの面でも一緒にがんばろうという意欲が薄れてしまうでしょう。

逆に根回しをしっかりすれば、単なる事前連絡にとどまらず、関係各所から業務に対する知恵やノウハウを聞くことができるかもしれませんし、留意する事柄や注意する点をきちんと発見しやすくなるかもしれません。三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、他人の意見をあわせることで、より十全で質の高い業務遂行が可能になるのではないでしょうか。

全部の業務をたった一人で、かつ完璧に行えるようなスーパーマンであれば、根回しなどしなくてもよいのかもしれません。でも、そんな超人はこの世に存在しないと思いますから、やはり根回しをすることは必須のことだと思うのです。

あらためて辞書をひいてみますと、「実りをよくしたり移植に備えたりするために木のまわりを掘って、一部の根を切りとること」が、根回しの一義的な意味のようです。根回しとは、元々実りをよくするためにしたことだったのですね。どうやら、その本来の意味は、仕事を行う際にもぴったりと当てはまっているのではないでしょうか。


ぬすむ【盗む】


私は大学生になると、早速アルバイトを始めました。自分のオートバイを買おうと思ったからです。時には、バイトを三つくらい掛け持ちし、寝る間を惜しんで働いたりもしました。学生の本分とかけ離れてしまっていたかもしれませんが、一年が経ったころには60万円を貯めることが出来ました。

正に汗と努力の結晶である大金を握り締め、私はバイク屋さんに向かい、カワサキのゼファーを購入しました。ネイキッドといわれる何の飾りもないオートバイで、バイクらしいバイクです。初代の仮面ライダーが乗っていたバイクのよう、というと少しはイメージがわくかもしれません。

このオートバイを手に入れ、私は子供のようにウキウキし、毎日のように乗り回しました。思い立ったら、時間を問わず飛び乗って、近隣の県まですぐに走り出したりします。あっという間に、新しい世界、珍しい風景に連れて行ってくれるたのです。

長期の休みには、友人と計画して北海道を一周したり、能登半島を訪れたり、九州まで行って、阿蘇ややまなみハイウェイを楽しんだりもしました。私の学生時代は、またその頃の思い出は、このゼファーとともにあったと言ってよいでしょう。

しかし、バイクと一緒に暮らしていると、いいことばかりではありません。信号を見落とした車に出会い頭にぶつけられたり、自分でこけてしまうこともありました。それによって、怪我をし痛い目にあったりしたのです。

そして何より一番辛かったことは、バイクを盗まれてしまうことでした。車体すべてを盗まれなかったとしても、鍵のシリンダーを壊されたり、シートなど一部のパーツを盗まれてしまうことがあるのです。私が所有していたゼファーは、特に盗難の対象になりやすい車種だったので、幾度となく盗難や盗難未遂にあいました。

正確な回数は記憶していませんが、数年間で10回弱はあったと思います。ひどい時には、岐阜の大学に通う友人を訪れ一泊だけして翌朝帰ろうと思ったら、鍵穴をばっくりと破損させられていました。修理に出して、直るまでの一週間足止めをくったこともあります。

こうした盗難や未遂が何度もあり、突発的で、安くない修理代がかさみました。学生でそれほど金銭的余裕のなかった私は、最終的にオートバイを手放さざるえなくなりました。自らの本意ではなかったのですが、廃車の手続きをとるしかなかったのです。

「盗みや万引きは犯罪です」という言葉を聞くことがあります。もちろん、盗難は明らかな犯罪ですからやめてほしいと思いますし、法治国家ですから秩序やルールは守ってもらわないと困ります。

ただ、私のような実際に“盗まれた人間”からすると、金銭的な負担だけでなく、私の気持ちや思い出を壊され、奪われたようで、それが何より悲しいのです。また、これからの未来ももみ消されたように感じました。盗んだ人は、利己的な軽い気持ちなのかもしれません。でも盗まれた方は、その行為によって大いに振り回されてしまうのです。

常習的に盗む人は、そんな被害者の過去や未来を考えたり、人の思いを想像できないからこそ、盗難という行為が出来てしまうのかもしれません。ある人の想像力の乏しさが、悲しみや不幸を生み出し、周りの人たちに押し付けられてしまうのです。逆から言えば、私は盗まれるという悲しい経験を通して、人が想像することの大切さを身にしみて実感することになったわけです。


にじゅう【二重】


『二重スパイ』という映画を見ました。以前、テレビで放映していた『八月のクリスマス』を偶然見て、韓国映画と俳優のハン・ソッキュさんを好きになりました。そんなことがあり、封切られた『二重スパイ』を映画館に見に行くことにしたのです。

北朝鮮の諜報員であったハン・ソッキュ扮するイム・ビョンホは、韓国に亡命します。当初は、偽装亡命を疑われ激しい拷問などにあいますが、その後少しずつ信頼を獲得し、韓国国家安全企画部で働き始めるようになるのです。そして彼は、韓国の国家機密をすべてではありませんが、知ることができるまでになります。

この立場を利用し、彼は二重スパイとして北朝鮮のため、密かに諜報活動を行なうのです。しかし、ある事件をきっかけに、もう北朝鮮にも戻ることもできず、韓国にもいられなくなってしまいます…。

ひと言で言ってしまえば、とても哀しい映画だと思いました。時代や国に翻弄された人間が、そこには描かれていたからです。彼らは祖国を愛していたのでしょうが、その愛は彼らを幸福にしてくれません。映画館を出ると、外は真夏のように晴れ渡っていましたが、私はやり切れない気持ちを持ったままでした。

ただ、私がそれ以上に感じたのは、二重スパイの生活が周りの人をいつも欺いていることへの哀しみでした。彼らは本心を語りません。当たり前ですが、彼らは本当の目的を決して明かさないのです。彼らは、「祖国北朝鮮のため」という強い思いを開陳したり、他人と交わらせることは全くなく、包み隠して日々を暮らしているのです。

そうやって考えてみると、もしかすると私の隣にいる友人や同僚たちは、実際に感じていることを言っていないのかもしれません。本当の気持ちは話していないのかもしれないのです。いささかネガティブ過ぎる観点かもしれませんが、やはりその可能性はありえます。

この可能性をさらに極大化させてしまうと、親や兄弟といった家族だったとしても、本心や本音をきちんと理解することはできないのかもしれません。他者に対し、厳しく閉ざされた心を、外から完全に知ることはできないのでしょう。

映画の中にいた二重スパイたちのように、命を懸けた嘘や欺きもあるのでしょうが、人は平和な日常の生活であっても、小さな偽りを行なってしまうものです。それはやはり、哀しい人間の現実だと思うのです。

言わないこと、表現しないことは、他者に認識し、理解されることはありません。隠された意志は、隠れたままです。でも、だからこそ私は本当に考えていることを、できるだけきちんと伝えてゆきたいと思うのです。哀しい世界は、映画の話だけにしたいと思いませんか。


なづける【名付ける】


もし塩が「しお」でなく、「携帯電話」という名前であったとしたら、何だかやっかいになりそうな気がします。「あ、そこの塩とって」とお願いしても、塩を取ってくれる人はいないわけです。「携帯電話を取って」と言って初めて、塩を手にすることができ、目玉焼きに塩をかけることが出来るのです。

当たり前ですが、塩は私が生まれたときからずっと「しお」と呼ばれていたわけで、あのしょっぱい白い粉は、昔に「しお」と名付けられ、その名前のままで存在していました。「塩はどうして『しお』という名前なのだろう?」「なぜ他の名前ではないのだろう?」と考えることもないほど、身近で当然の名前です。

しかし、よくよく考えてみたら「しお」と名付けられず、別の名前だったとしても問題はないはずです。先述の「携帯電話」でも、「本」でも、あるいは「砂糖」でも、呼び名としては特に不都合はないように思います。

私は寡聞にして実際のところを知らないのですが、塩をどこかの会議で「しお」と名付けたわけではなさそうですし、誰かえらい人が決めたわけでもなさそうです。それなのに、塩は誰にとっても「しお」でしかないのです。あらためて考えると、これはとてもすごいことのように思えます。ことばや名前が大いなる普遍性を実現しているからです。

「しお」ということばが、すべての塩を指し示し、またほとんどすべての人にその意味が伝わります。もちろん、人によって文化によって、その理解する意味や思い浮かべるイメージに若干の相違があるとは思いますが、「塩をとって」と言えば、誰もが「しお」ということばを理解し、とってくれるのです。

また逆の面から言うと、「しお」という名前があるからこそ、人は「塩」というものを理解できるとも言えるでしょう。例えば、昔から魚をよく食べていた日本人が使う日本語には、「トロ」「中落ち」「赤身」などマグロの部位ごとに名前がありますが、英語にはその違いはなく、どこを食べても「ツナ」で、細かい違いは区別されていません。反対に、牛肉のそれぞれ部位の名前は、英語にしかありません。日本はそのことばを、概念ごと輸入しただけです。

ここでは、ものの存在が先か名前が先かという議論はいたしませんが、少なくともことばや名前があって初めて、ものや概念が指し示され、把握されるのは、どうやら紛れもない事実のようです。すなわち、名前があってこそ、我々はそれをひとつの存在として認識することができ、呼びかけたり、伝えたりできるのです。

塩が「しお」という名前である絶対的理由はなさそうです。名前は単に名前に過ぎないと言えるかもしれませんが、ものや事柄は名付けられることにより、その存在を我々の眼前に浮上させてくれているのです。名前がなければ、我々の生活もままならないかもしれません。いつまでも安心して目玉焼きが食べられるように、私としては名前の力が衰えぬことを祈るばかりです。


とりかえし【取り返し】


大学では文学部だった私ですが、いわゆる文学と言われるものを読んだ経験は、人と比べてきっと少ない方だと思います。読書よりも、CDやラジオで音楽を聴く方が楽しかったので、もっぱらロックと言われる音楽ばかり聴いて暮らしてきました。

そんなわけで、例えば「詩」でも、文芸作品を読んだこともあまり多くはありませんし、強く感動したり影響を受けたりと言ったことも、残念ですがほとんどありませんでした。むしろ、ロックで歌われる歌詞の内容の方に、激しく揺れ動かされたりしていたのです。

スコットランドのグラスゴーで結成されたTRAVISと言うバンドのセカンドアルバム『The Man Who』も、私にはそういった体験を起こさせた一枚です。このアルバムの中に、“Why Does it Always Rain On Me?”という曲があり、その歌詞の一節が私に強烈な印象を与えました。

Why does it always rain on me?
(どうして僕にいつも雨が降りつけてくるんだ?)
Is it because I lied when I was seventeen?
(17のときに嘘をついたからさ)

これらの歌詞が、ミドルテンポで穏やかに伸びやかに歌われています。

17歳のときに嘘をついたからと言って、それが原因で雨が降りつづけるわけはありませんから、文字通り「雨降り」なのではなく比喩(暗喩)でしょうが、ここには、過去のもう取り返しのつかない行動に、人生を縛られてしまった人間の姿があります。

若かった頃にとった、恐らく軽はずみな態度か何かが、その後の彼の営みにずっと影を落としてしまっているのです。拭い切れそうにない哀しさが見え隠れします。

自分なりに「17歳」と言うときを思い起こしてみました。何もわかっていないのに、すべてを知っているかのように思い込んでいた頃。可能性に欠けることは全くない、と考えていた頃。自分はいつも正しいことをしているという恐れを知らぬ確信を持って。

そんな若くて未熟な時の行動が、将来の自分にずっとのしかかるとは、どうして気づくことができるのでしょうか。しかしそれでも、雨は彼に降りつけられ、もう取り返しがつかないのです。

私がこのことばの連なりに魅了されてしまうのは、このようなもう後戻りすることのできない、生きることの不可逆性とそれを受け入れざるを得ない現実を、すっぱりと切り取って見せてくれているからなのです。どうあがいても、人は生き直すことはできません。