天神山の記憶(2)【フジロックGO #0004】


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友人とアタクシは、とぼとぼと会場に向かって歩き始めた。事前には徒歩を全く予定していなかったので、どれくらいの距離があるのか、どの程度の時間がかかるのかも見当もつかないままだ。当時、携帯電話は持っていたかもしれないが、Googleマップのような便利なサービスもなかったので、これから先のことはぼんやりしたままである。

途中で雨が降ってきた。今フジロックに参加するなら、カッパは最も大事な必需品であるが、その時は持っていなかった。コンビニに入って、大きめのビニール袋を買って、頭と腕の部分に穴を開けて、即席のカッパにして進んだ。ビールも購入して、友人と「何か楽しいなあ」などと笑い合っていた記憶がある。

もちろんシャトルバスに何度か抜かれたが、数えるほどだった。少し焦る気持ちにもなったが、河口湖駅で待っていても、乗れそうな感じはしなかったので、ノロノロとはいえ会場に少しずつ近づいている方がよかった。周りに、自分たちと同じように歩いている人が多かったのも、アタクシを安心させてくれた。


天神山の記憶(1)【フジロックGO #0003】


フジロックは、せっかく第1回の天神山から参加しているので、その初回の体験談について書きたいと思う。

もう20年以上前のことである。チケットを取った経緯は、正直あまり記憶にない。その当時、アタクシは仕事に就いたばかりの社会人一年目で、恐らくロッキングオンか何かを見て、申し込んだのではなかったか。友人を含め、2名で参加することにした。その友人は仙台に住んでいたはずで、関東で合流して河口湖駅に向かった。

駅に近づけば近づくほど、ロックを聞きそうな人が多くなっていったのを覚えている。だから、駅にたどり着けば、ロックフェスが始まると考えていた。しかし、実際はそれからが長かった。駅から会場までシャトルバスが出ているということだったが、その本数も参加者の観点からは圧倒的に少なく、駅でとにかくバス待ちをしなければならなかった。

バスが数台来ても、数えるほどの人数しか乗り込めない。いつまでも経っても、自分がバスに乗れるような状況ではなかった。そこで、友人とアタクシは、シャトルバスを待つのを諦め、徒歩で会場に向かうことにした。


正月とお盆が一緒に来るイベント【フジロックGO #0002】


気づいた頃には、アタクシにとってフジロックは、「正月とお盆が一緒に来たようなもの」と表現するイベントになっていた。7月最終週の金土日と毎年恒例の3日間ということや、会場が苗場になってからは、フジロックに行くというよりも、また戻ってきたという感覚が強くなってきたからだろうか。

毎年参加しようと思うと、一年間のタイムスケジュールはおのずとフジロックを意識するようになる。転職活動するときも、教育ビジネスのように夏期講習があって夏は必ず忙しい職業は、どうしても選択肢から外れてしまう(現実の仕事選びで困ったことはないのだけど…)。

転職の面接でも、フジロックについて話すことがある。「7月の最終週はフジロックに行きたいので、お休み取れますか」と、ダイレクトに質問したことも少なくない。一般論で考えると、面接時にそんな自分の都合や条件ばかり言うのはどうなんだろうと思わなくもないのだが、面接の通過率などと合わせて振り返ると、直接的に聞けた方が内定をもらうことも多いし、実際にヨイ転職先のような気がする。

意識して発言したわけではないのだが、自分にフィットしていて、雰囲気もヨイからこそ、自然と質問できてしまうのかもしれない。こうした実体験も含めて、転職時にはフジロックに参加したい旨をしっかり伝えるのが吉なのだと思っている。皆さんの幸運を祈る。


最初に言葉ありき【フジロックGO #0001】


フジロックについて、書こうと思う。うまくいくかどうか、よくわからない。ただ、アタクシが1997年の初回から参加し続けてきたフジロックについて、書きたいと思っている。これを書こうと明確に考え始めて、少なくとも半年以上の時間が経っているが、テーマやコンセプトはまだ明確ではない。フジロックについて、何かを継続的に書こうと思っているだけだ。

アタクシは、1997年に初回が行われたフジロックから現在の最新、2019年まで連続でずっと参加を続けてきた。タイミングがよかったと思ている。第1回が行われたときは、とっても軽い気持ちでチケットを購入した。何か面白そうな野外イベントがあるなと感じただけだ。当時、自分がずっと通い続けるとは全く思っていなかった。そもそも、フジロックを体験もしたことがなかったのだから。

それでも、気づけば23年間にわたり参加を続けている。今は、毎年フジロックに行くことが目標というか、人生の目的のようになっている。ここ3年は、子どもたちも含めて家族4人で参加するようになった。それからは、音楽に興味のない子どもたちに合わせると、ほぼライブは聴けない。もともと音楽を浴びるように体験したいと思って参加をしてきたアタクシにとって、大きな変化である。それでも、フジロックの参加をやめるつもりは今のところない。自分なりに感じる魅力を、気軽に語れたらと思っている。


小説を読むこと【1000のカスタネット#0010】


なぜ小説を読むのか。もちろん、理由は人それぞれではあろうが、私にとっては物語の中に居合わせるため。小説で描かれる舞台が奇想天外な世界であれ、時代や国が違っていたとしても、その中で呼吸したいと思っている。遠くからスクリーン上に映る誰かの営みを眺めることではないのだ。


留守がちな目的【1000のカスタネット#0007】


目的は、得てして不明確になりがちだ。ある目的のために始めた行動であっても、行動自体が目的化されてしまい、そもそものきっかけや行き先があいまいになってしまうからだろうか。

目的を見失わない姿は、いつも根拠を求める哲学的探求に似ているかもしれない。事象たらしめる源泉にさかのぼり続け、現象の根本原因を見出そうとしているからだ。


子どもたちの思考【1000のカスタネット#0006】


子どもたちの思考の連続は、われわれの常識に捉われていない。

その瞬間に思い着いたこと、気になることに着目し、次から次へと口に出していく。悪く言えば、五月雨で非論理的な思惟の連なりである。

だがかえって、その方が、聞かされる側も興味をそそられる。どうして思い着いたのか、どんな理由で気にしているのか。なぜ彼女は、オナラした人を特定しなければ気がすまないのか。

逆から言えば、常識的な思考は慣れ親しんでいるがゆえに、その動機付けに無頓着になるのかもしれない。


世界の形を変える【1000のカスタネット#0005】


「世界の形を決定的に変える」とは、どのような事態、状況なのだろう。例えば、ずっと雨が降り続いてしまい、あらゆる場所が水没してしまったら、世界の形は変わったといえるのだろうか。

現象が変化したことで、様子は変わるのかもしれない。生活形態や暮らし方に、大きな影響を与えるかもしれない。

しかし、それが私たちの生きる世界の形を変えたことになるのだろうか。むしろ、外的な環境の変化よりも一人ひとりの視点が変わる方が、世界を変える可能性が高いように思う。


ストーリーとメッセージ【1000のカスタネット#0004】


ストーリーとメッセージ。どちらが重要なのか。もちろん、どちらも重要、大切で、優劣はつけがたいのかもしれない。

しかし、優れたストーリーテリングによって、そのコンテンツにぐいぐいと引き込まれ、没入していっても、メッセージが残らなければ、消費されたに過ぎないのではないか。興奮した体験は、時間の経過とともに忘れ去られるのではないか。であれば、メッセージの伝達を目的としたストーリー構築が必要になるだろう。


存在と生成【1000のカスタネット#0003】


「小さな変化」

落ち続ける葉。大きな樹から、絶えることなく落ちる葉。いくつも、いくつもの葉が落ちる。しかし、私はその樹の変化に盲目でしかない。

初出:https://kazuhiq.com/19941201/chiisanahenka/ (1994年12月1日)
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「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と、鴨長明が言った通り、世界はいつも変化している。人間もある瞬間と別の瞬間を比べたら、何らかの違いがあり、絶えず変わっている存在だ。だが多くの場合、小さな変化には気づかず、ほとんど何も変わっていないように感じられる。

存在者の「存在」は、本来「生成」が切り離せないものであるだろうが、我々はその点に注意を払っていないのではないか。