田宮虎彦【『一日一文 英知のことば』から学ぶ#100】


【4月9日】田宮虎彦:1911.8.5~1988.4.9

孟冬十月二十日(新暦十二月三日)、例年ならば黒菅の城下には霏々として白雪が舞っている頃である。だが、この年は何故か雪がおそかった。五日前の夜、亥の下刻に及んで初雪が僅かに降ったが、それも程なくやんで、夜明けとともに、冴えた藍いろの空が栗粒ほどのぞいたかと思うと、重たく淀んだ雪雲がみるみる黒菅盆地の刈りあとの田面を這って飛び散り、あくまで澄んだ初冬の空が、また柔らかい和毛のような日差しをなげつづけはじめていた。(「末期の水」)

『落城・霧の中 他四篇』訳、岩波文庫、1957年

【アタクシ的メモ】
知らない言葉も多いが、流麗な文章だと思う。引用は歴史小説の一節のようだ。著者自身は、脳梗塞が原因で右半身不随となり、それを悔やんで投身自殺を図ったとのこと。遺書には、「脳梗塞が再発し手がしびれ思い通りに執筆ができなくなったため命を絶つ」と記されていたそうである。