完膚なきまでに蹂躙され【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0160】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】魚/リディア・デイヴィス ○
これも超短編。女が魚を料理し、食べられず、じっと見ているというシーンである。非常に面白いのが、人間のある個人の感情と魚からの視点という2方向の見方だ。魚は「完膚なきまでに蹂躙され」と表現しており、それはまさに魚視点であり、「する」と「される」は仕方ないことではあるが、対等なのである。

【詩・俳句・短歌・歌詞】かえる/谷川後太郎 ○
かえるという言葉を使った遊び的な詩である。とにかく、かえるが繰り返えされることもあり、自然とテンポが生まれるし、ユーモアさも感じられる。ただ、メッセージ性があるわけではないので、どうしてこれを読むのだろうと自分に問うてみると、正直、答えに窮してしまう。

【論考】数百万の個体/ロラン・バルト △
今回もよくわからなかった。人間の顔についての個性がテーマのようであるが、どの個所を読んでも、ほとんど意味をとることができなかった(自分には読解力、理解力がないのではないかと悲しい気持ちになる)。個性は、個体と個体とのあいだの、相互に何の特権ももたない、重屈折のある相違であるにすぎないのだそうだ。


かっぱよ、らっぱをかっぱらわないで【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0159】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】彼女が知っていること/リディア・デイヴィス ○
「彼女は本当は女ではなく男だった。しばしば太った男だったが、おそらくもっとしばしば年寄りの男だった」という、謎の超短編。書籍でも5行程度しかなく、非常に不条理な設定である。「若い女でいることは彼女にとって苦痛だった」の「いる」とは何を指しているのだろうか。物理的に若い女性であるとすれば、ますます謎が深まる。

【詩・俳句・短歌・歌詞】かっぽ/谷川俊太郎 ○
「かっぱらっぱかっぱらった」というように、早口言葉のような詩である。ひらがなばかりであるせいで、読みづらいだけでなく、意味も理解しづらいが、愉快な感じは十分に出ているだろう。「とってちってた」は、どうやらラッパから出る音を表しているようだ。

【論考】書かれた顔/ロラン・バルト △
今回も何度か読んで、真意はつかめなかった。描かれたは、化粧したということらしく、「書かれた顔」とは女形のことを指しているのだろうか。西洋の女形は、一人の女になろうとするが、東洋(日本)では女性の表徴を組み合わせるだけだという。だからこそ、日本の女形はおしろいを塗ったりするのだろうか。


むかしわたしはこむぎでした【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0158】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】バードフ氏、ドイツに行く/リディア・デイヴィス ○
小見出し付きの文章は、まとめもあり、小説というよりはレポートのような体裁である。記述も客観的な視点で、出来事を羅列する感じで、これまで以上に淡々とした印象になった。最初に、バードフ氏の矢敗を予告していることもあるかもしれない。難解さはないが、読む気持らが高まわけでもない。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ぱん/谷川俊太郎 ◎
ひらがなだけで書かれているので、幼い子でも読める点も素晴しいと思う。そして、私が一番気に入ったのは、「むかしわたしはこむぎでした」と原料にさかのぼっていくこと。これは物事の根源に帰ろうという態度だと思うし、こむぎを育む自然にも思考は回帰しており、作者の想像力の豊かさを証明していると思う。

【論考】文房具店/ロラン・バルト △
タイトル通り、文房具店について。まずはアメリカの文房具店について語り、その次はフランス。そして、日本の文房具店について論評する。しかし、ことごとく分からない。例えば「日本の文房具店のあつかう事物は、象形文字風の表現体(エクリチュール)である」という文を、どのようにて理解、解釈すればヨイのだろうか。


言葉なきものたちの仲間になる【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0157】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】分解する/リディア・デイヴィス ○
2度ほど読んだが、何とも頭に入っていなかった感じだ。ストーリーとしては、ある男性が女性との一度の関係について、分析するというか、収支を計算するのだが、時間軸も明確ではないし、情景描写もほとんどないため、テキストを読んでも、あまり具体的なイメージが頭に浮かばなかった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】さようなら/谷川後太郎 ◎
この詩における「さようなら」は、死に際して、魂が身体に語りかける言葉。視点や表現として、とてもユニークで、死を無迎える暗さがないのも気持ちがヨイ。なかでも、最後の2行「泥に浴けよう空に消えよう/言葉なきものたちの仲間になろう」は、スマッシュをスパンと決めたような感覚で読めた。

【論考】こんな/ロラン・バルト △
俳句について。「俳句は何ものにも似ず、いっさいに似ている」と最初にあるのを読んで、いきなり迷子になった感じだ。筆者曰く、俳句は意味を排除しているという。また、「それはこんなだ」といった単なる指示であるとも語る。17音しかないのだから、それは意味の排除ではなく、行間の拡張、最大化ではないのだろうか。


うんこよ きょうも げんきに でてこい【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0156】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】意識と無意識のあいだ――小さな男/リディア・デイヴィス ○
どうやら不眠症の女性の物語。夢かうつつかという記述ばかり、あくまで当人の感じていることでストーリーが構成されているためか、共感しづらいだけでなく、書かれでいるこどが、頭に入ってこなかった。完全なるフィクション、異世界をテキストで表現することの困難さを体現していたのではないだろうか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】うんこ/谷川俊太郎 ◎
最終連の「うんこよ きょうも/げんきに でてこい」が、秀逸で、とても清々しい詩であった。幼い頃から、うんこは忌み嫌うものの代表格であるが、人はもちろん、生物が生きるのには欠かせないものであるし、生態系の中でもちゃんと役割がある。そうした見逃しやすい事実を、やさしく、やわらかい言葉で、再認識さてくれたのだった。

【論考】偶発時/ロラン・バルト △
今回は、テーマ自体がつかめないくらい、よく分からなかった。冒頭の「西洋の芸術は《印象》を描写に変形する。俳句は決して描写しない」という部分を読んでも、頭にはクエスチョンが浮んだ。そもそも文字数が少ない俳句は、描写を避け、核となる言葉だけで構成されると言いたかったのだろうか。


心と体は別々に存在するのか?【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0155】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】オーランド夫人の恐れ/リディア・デイヴィス ○
犯罪や災害など、危険に対して神経症的に恐れる主人公。最初は、様々な出来事に対処できるように準備する描写があり、自分にも似たところがあると思ていたが、段々と妄想的、病的になり、私とは明らかに異った人物像であった。奇妙な行動を取る夫人を書くことで、何が言いたかったのだろうか。

【詩・俳句・短歌・歌詞】からだはいれもの/谷川俊太郎 ○
「こころ」と「からだ」とはであるという二元論を前提にした詩だ。それは事実だと思いつつ、それぞれが独立した存在だとは感じない自分もいる。詩の中にも「からだはいれもの」という表現があるが、そこに入るこころは唯一のはずだし、入れ替えられない、互いに影響し合っていることを考慮すれば、ニ元論は違うような気がしてくるのだった。

【論考】意味の疎外/ロラン・バルト △
今回は禅と俳句について。何度か読むが、理解するのがなかなか難しい(毎度のことではあるが)。筆者は、禅の《悟り》は、言語の宙吊り、コードの空白だといい、俳句においては、言語に見切りをつける点が関心事だと語る。日本的なものには、言語やその意味に満たされていないと指摘したいのだろうか。


やることがたくさんあるのに、ピアノを弾くことしかできない【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0154】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】話/リディア・デイヴィス ◎
淡々とした文章(少なくとも翻訳は)で、とある男女のコミュニケーションや行き違いを描いている。電話かけても出たり出なかったり、翌日のことを考えてしまうと、相手に時間を使いづらかったり、歯がゆい感じがとても生々しい。「翌朝旅に出る予定で、やることかたくさんあるのに、ピアノを弾くことしかできない」という表現も、個人的に強く興味をひいた。

【詩・俳句・短歌・歌詞】木綿私記/谷川俊太郎 ○
いわゆる詩的なテキストではないが、木綿(コットン)を題材に、自身のこと、歴史や文化に話を広げ、ミクロとマクロを行き来する感じは、見事だと思った。ただ、コットンという素材自体としては、現在は新しい素材が数多く開発、利用され、中心的な素材と言えい現在では、テーマとしてやや古めかしい印象があった。

【論考】意味の家宅侵入/ロラン・バルト △
今回は俳句について。全体的に、よく分からなかった。例えば最後に、「俳句の読解の企ては、言語を宙吊りにすることであって、言語を喚起することではないのだから」と書かれている。言語の宙吊りとは、どんなこと、あるいはどんな状態なのだろうか。タイトルになっている「意味の家宅侵入」も、「意味を突き通す」とだけしか説明されていない。


気づいたら多様性の時代【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0153】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】太陽/森絵都 ○
「すべてのものは失われる」という一文から始まるものの、何だかほっこりする短編だった。作中にコロナの言及もあり、コロナ禍を経験した世界であることが前提で、主人公と歯科医である風間先生が、ある意味立場を超えて、話し合っているのが心地ヨイのだろう。偶然の出会いではあるが、心理的安全性が担保されている関係なのかもしれない。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ぼくのゆめ/谷川後太郎 ○
詩の中で、「ぼく」は、「いいひとになりたい」と語る。しかし、おとなはそれおを、「もっとでっかいゆめがあるだろう?」と否定する、おとなが言う「でっかいゆめ」とは、えらくて、かねもちのようである。ただ、これらは今、それほど価値あるとは思われていないだろう。気づいたら、多様性の時代がやって来ていて、誰も同じ夢を見なくなっているのだった。

【論考】平身低頭/ロラン・バルト ○
西洋では無作法であることが真実であり、日本人の平身低頭するお辞儀のような礼儀は、空虚の行使だと、筆者は指摘する。当時の西洋人から見れば、ひどく非日常的な行為で、そう解釈したくなるのかもしれないが、空虚は言いすぎだろう。型にはまることで、気持ちが生まれてくることもあるはずだ。


内面は外面を支配していない【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0152】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】魚の記憶/三浦しをん ◎
主人公や甥、甥の母親である主人公の妹などの人となりや考え方が、短編ではあるものの、結構丁寧に書かれていて、深く納得しながら読めた。また、老いについての捉え方は、自分は少し先のことではあるが、共感しながら受け止められたと思う。秀作だった。

【詩・俳句・短歌・歌詞】なくぞ/谷川後太郎 ○
泣く子と地頭には勝てぬという言葉もあるが、幼い子どもを育てていた時、本当に困ったのは泣かれること。泣かれたら、対処しなければならず、右往左往した。そうした記憶からも、子どもに「なくぞ」とすごまれたら、ビビってしまうし、「ないてうちゅうをぶっとばす」というのも、あながち嘘ではないと思う。

【論考】内部と外部/ロラン・バルト ○
三たび、文楽について。今回は少し分かったような気がする。筆者が指摘するのは、人形を操る人が、観客から見えていること。この人形遣いが神ではないこと。この構造は、西洋の形而上的因果関係とは異っており、内面にある「見えないもの=超越的な存在」によって、外面を支配をしていないことの証なのである。


ワクワクしたいのだけど【ブラッドベリ1000日チャレンジ#0151】


レイ・ブラッドベリさんが、「クリエイティブになるには、三種の読書を1000日続けよ」と仰っていたということで、短い物語(短編小説)、詩・俳句・短歌・歌詞、論考と三種類のテキストを毎日読みます。そして、何を読んで何を感じたかを、備忘録的に記録しています。

【短編小説】家族写真/松井玲奈 ○
十ニ歳くらいの女の子が、一人称で、客観的だったり、やや大人びた表現が出てくるのにはやや興ざめしたが、小説としてきちんと成立しているのにホッとした。最後は、主人公の希望通り、家族写真を撮るというハッピーエンドになる。それはそれでヨイのだが、そうならなかった理由が、忙しかったからだけでは、ちょっと弱いように感じた。

【詩・俳句・短歌・歌詞】ワククワ/谷川後太郎 ○
どんなことでも、ワクワクにつながるというスーパーポジティブな詩である。自分は割と悲観的な性格なので、こうした詩の重要性は理解でする。ただ、落ち込んでいる時などに読むと、あまり効果はなく、むしろ逆効果なのかもしれないと思った。

【論考】魂のあるものと魂なきもの/ロラン・バルト ○
再び文楽について。「この操り人形は《魂》というものの限界をはっきり示して、俳優の生きた肉体のなかにこそ美と真実と感情はあるのだと主張する」と筆者は語る。ただ、最後には、「つまるところは《魂》という概念を、文楽が追放する」とも書かれており、魂とは生命あるものくらいの意味しかないようにも感じる。